温故知新

「アタラント号」を観た。1934年制作。28という若さで夭折したジャンヴィゴの遺作である。もっとも、長編作品は2本しかとっていないのだが。”映画史を語る上では欠かせない”と言われながら知名度が低く、しかも同時代のドイツ表現主義のせいで今ひとつ存在感が薄くあまりお目にかかる事の無い作品である。しかし名作であることには間違いない。個人的には,5番目ぐらいに好きな映画です。

この時代の天才として名の挙がるチャップリン、ラング、ドライヤーや、すこし前のシュトロハイムと比べると、確かに影が薄く感じてしまう事は否めない。まず血の気の多さで負けている。ラングやシュトロハイムの映画は狂気じみてて、ぎとぎとに脂ぎっている。ドライヤーは人間離れした冷徹さでほかの追随を許さず、チャップリンは身の程知らずのテロリストだ。これらの映画監督達は、第二次世界大戦の足音も聞こえてくる気狂いの時代に、目には目をの歯には歯をの精神で答えようとしたのだが、ヴィゴのアプローチは全く違っていた。こんな時代にも関わらず、彼の目は、セーヌ川を流れる船の上の痴話喧嘩に向けられていたのである。とても知的とは思えぬカップルと、知恵おくれの召使い、それに数匹の猫。とてもじゃないが他の映画達のパワフルさには立ち向かえない。が、それがヴィゴの良さなのだ。

この映画こそフランス映画の本家本元なのである。それにも関わらず一般人への知名度はほぼゼロなのだ。ルノワール、トリュフォーから、カラックス、ジュネに至るまで、すべてヴィゴの子と言っても過言ではないのに、なぜか目に触れる事は少ない。最近フランス映画の元気が無いように感じるけど、それは当の本人達が自らルーツを忘れているからなのではないかと考えてしまう。事実今若いフランス人の間ではアニメが人気らしい。それ自体は、日本人としては嬉しい事なのだけど、フランス映画の往年の輝きを取り戻すためには、今一度ヴィゴを語るべきではないかと思う。