海民と日本社会

網野喜彦の文化に対する観察や洞察は、我々が抱く過去の日本のイメージを変える力を持っている。この本では、百姓といえば農民である、という我々の認識が、いかに誤解と偏見に満ちているかが繰り返し語られる。もう今では日本は農業大国でもなんでも無いが、歴史的認識として、過去に多くの日本人が農業に従事していたと考える人は少なくない。網野喜彦いわく、鎌倉〜室町期の日本において、農業に適していない土地に住む人間は、彼ら独自の職業を発達させた上、海上交通を通じて相当の富を蓄えていたという。そして彼らもまた世間的には”百姓”と呼ばれていたのだ。
彼らの呼び名はともかく、日本国内で海上交通が発達していたのは間違いない。尾張の焼き物が東北地方で発掘されたり、日本海側の物品が海を通じて京都に運ばれた記録もある。海上交通の発達は、港を巡っての覇権争いを招く事もあった。
海民と特に深い関わりをもったのが神人と呼ばれる集団。彼らは元来神社に仕えて雑用をこなすだけの人々だったのだけど、次第にその役職が拡大されていき、社殿の建築に関わる商工業者や、あるいは神社を護衛する武装集団までもが神人と呼ばれるようになっていった。この社殿の木材を調達する神人にとって、木材の運搬に欠かせない通路が海だったのである。室町期日本の隠れたダイナミズムが明らかになっていくこの部分が、この本の中でもっとも興味深かった。こういう日本の姿がスクリーンで見たいと切に思う。

海民と日本社会 (新人物文庫 あ 3-1)

海民と日本社会 (新人物文庫 あ 3-1)