ケルト神話の世界(下)

ケルト神話の主たる登場人物にまつわるいくつかの物語が、いくつかのテーマに分けて紹介されている、初心者向けのケルト神話入門書。それぞれの物語に対する著者の考察も専門的すぎず、あくまで解説といったスタンスなのも読みやすくて良い。
神話というのは、往々にして壮大な物語であり、逆に言えばストーリーが大雑把になりがちである。ケルト神話も例外ではなく、現代的ナラティブの感覚から言うと、まるでダイジェストを読んでいるような感覚になる。登場人物がぽんぽん死んでいくのもご愛嬌。しかしながら、その大味な物語の中で突如デティールが細かくなる箇所があり、それらの持つ詩情の豊かさはやはり突出している。
ケルト神話の主題の多くは、マクベスのような、予言された運命との対峙であると、筆者は主張する。例えば、秘儀的神話に属される「ペレディーヌの探求」におちても、高尚な騎士であるペレディーヌは自らの死すべき運命に逆らおうとするものの、結局はこの世における幸福を現実出来ずに朽ち果てる。この主題が最も明瞭なのがジェルドレ、ディルムード、イゾルデ等の悲恋物語だろう。彼女らは恋人との悲劇的な結末を予感し、それを避けるために様々な策を打つのだが、時の流れは人智の及ぶところでは無く、結局は運命に甘んずることとなる。
ケルト神話は、結果的とはいえ”運命に身を委ねる”という点においてギリシャ神話/ギリシャ悲劇と対照的だという。ケルト人は、身の危険や命をかける行為に、自らの運命の成就を見いだしていたのである。なるほどこのあたりは、後世の騎士道精神に脈々と受け継がれているような気がします。

ケルト神話の世界(下) (中公文庫)

ケルト神話の世界(下) (中公文庫)