車輪の下

勤勉で、なおかつ人一倍感受性が強い少年ハンスは、友達と騒いだり自然の中で遊び回る時間を犠牲にしてまで勉学に勤しみ、難関の試験を突破して神学校に進学する。学期当初こそ成績優秀なハンスであったが、純粋かつ奔放なクラスメート、ハイルナーと交流を深めるうちに、次第に学校内での居場所を無くしていく。時は経ち、その繊細さゆえに神学校を去ることとなり、止むなく故郷に戻ったハンスであったがー。
ハンスは、必要以上に人に気を使いすぎ、それ故に不器用で、孤独である。孤独を癒すためには、他者の愛情や好意が必要で、ハンスにとっては自身の勤勉さこそが人から好意をえる最良の方法であったので、まだ幼い少年にも関わらず、彼はひたすら机に向かった。それは自分の精神を満たすエゴではあるけれども、同時に、自分の身の回りの人々を裏切ったり悲しませたりしたくないという慈しみから産まれた行為でもある。
この自己犠牲と恩情の相互関係は、ハンスが神学校に行く前までは良好に働いていた。それは人間関係が家族に限定されているから。自分の失敗で心を痛めない、あるいは自分を責める事の無い小学校のクラスメートは、彼が演じる舞台にはあがってこないのである。ところが、ギムナシウムにあがるとそこに新たな人物、ハイルナーが現れる。次第にハイルナーが新たな慈しむべき存在になるにしたがって、彼の精神の比重がおかしくなっていく。父親の喜ぶ姿と、友人の信頼と、どちらを選ぶのかー?いやはや、典型的な生真面目受験生の轍を踏んでる感じですね。
ハンスは表面的なものに対して恐怖を抱いている。人々の薄皮一枚剥いだその下の汚らわしさを人一倍に恐れていたのでしょう。彼が自然に寄り添うのもごく当然。その情緒的で煌びやかな世界。”灰色の長くのびたくもが、黄色く褐色を帯びた夕焼けを映しながら家路をたどる船のようにゆっくりとただよう”世界がおそらくハンスが求めていた清さだったのだろう。

車輪の下 (新潮文庫)

車輪の下 (新潮文庫)